SOPRATICO DANCE SCHOOL FESTIVAL VOL.14。


卒業生が株式会社ソプラティコ(http://www.sopratico.com)さんという会社のダンススクールでインストラクターをしている。ソプラティコさんには、北星余市の総合講座に協力してもらって、ダンス講座を開いてもらっている。

今日はそのダンススクールのイベント、SOPRATICO DANCE SCHOOL FESTIVAL VOL.14が小樽市のマリンホールで開催された。

きっと彼はこんなことを書かれてはいやがるだろうが、入学時の彼は本当に手の焼ける子だった。1年生のとき、僕は担任をもっていた。あまりに生生しい出来事なのでここには書かないが、♪おもいでぇ〜がぁ、いぃーっぱーい!♪である。

当時は本当に僕自身、どうしたらわかってくれるか悩みに悩んだ。が、こうして北星余市を卒業し、北星余市でした経験、学んだこと、身体と心ですーーーーっと吸収してくれたこと(それが全てではないだろうが)をもって、生きてくれているのが本当に嬉しい。

彼は北星余市でダンスに目覚めた。ド素人の私には彼も言われたくないだろうが、卒業するまで、お世辞にも上手いとは思えないダンスだった。あんなに練習していたのに、ぎこちない。しかし、その彼が、卒業後の進路はダンスの専門学校に行くという。3年生の時は僕の担任ではなかったので、うーん???と思いながらだったが、好きこそものの上手なれ…か、今は当時の面影もない。流れるように滑らかで、リズムが身体の動きに合わせているような気にさえなる。


今の彼はあのときの彼とは違うのはわかっているが、どうしても僕の中ではあのときの彼が見える。その彼の周りにこんなに沢山の人達が集っている。彼を慕い、彼からダンスを学び、またきっとダンス以外のことも学んでいる人達がいる。彼がそういうたくさんの人達の中で支えられながら生き、自分の好きなダンスを通じて生きている。北星余市での経験も含めた人生経験を、また下の世代へ伝えていっている姿に、少し目が霞んだ。ありがとう。

うん、でも、やっぱり、あいつと敬語で会話をするのは気持ちが悪い、笑。

子ども・若者支援地域ネットワーク形成のための研修会で講演。



静岡県立大学公認のサークル、若者エンパワメント委員会(以下、YEC)が主催する子ども・若者支援地域ネットワーク形成のための研修会の講師として依頼を受けて静岡県沼津市にお邪魔してきた。

YECとは…講演依頼を受けた担当者からのメールを抜粋。
YECは社会の流れに委ねてしまっている若者に対して、若者自身の「可能性」を発揮する機会や場づくりの手助けをするために発足された静岡県立大学公認サークルです。
http://ameblo.jp/youth-empowerment/
このYECは内閣府の講演事業の委託を受けたのだとか。
この講演会は、平成25年「子ども・若者支援地域ネットワーク形成のための研修会事業」という内閣府の研修会事業です。社会生活を円滑に営む上での困難を有する子ども・若者への総合的な支援を、社会全体で重層的に実施していく必要があり、研修の実施を通じて、子ども・若者支援に関わる様々な関係者の資質向上を図り、子ども・若者地域支援ネットワークの形成に資することを目的としています。
その中で「学校教育における社会参加〜シティズンシップ教育と学校民主主義」というテーマでお話をさせていただいた。まぁ、話したことは、北星余市における生徒会執行部の思いと動き、それを学校としてどう考えているのか…といういつものお話。

学校という場での経験が、子供たちにその後の社会生活で大きな影響を及ぼすとするならば、その学校生活創りというものも、もちろん、社会の一構成員としての在り方に大きく影響することになる。これは、子供たちが社会に出たときに、どういう社会を創っていくかについて、非常に重要な要素である。YECの団体説明にもあるように「社会の流れに委ねてしまっている若者」は多い。自らが自立し、社会に参画し、住み良い社会を作り上げて行くのだということを学ぶことは、学校の存在意義の一つであると思う。

北星余市では、基本的に学校行事や日常の取組を生徒たちに取り組ませている。ひとつひとつの行事も、生徒会執行部が夜遅くまで残り議論をして、原案を立てる。それをクラス役員の集まる評議員会におろして、各クラスで議論して、意見集約をし成案とする。そして、ひとつの行事に向かって取組を始める。私たち教員は小間使いであって、時折、考える材料を適度にさらっと提供する程度の役割である。「先生、これってどうなの?」なんて質問に「ん?わからん、執行部に聞け」ということもしばしば(もちろん、臨機応変に)。だって、先生たちの取組じゃないもん。「わからないことをなんでも先生に聞くんじゃない」「自分たちで直接主催者に聞きなさい」「自分たちで考えなさい」そんな感じ。失敗?多いに結構。問題?それまた結構。教師にとっては面倒くさいことだけれど、そういう出来事が起これば、またみんなで考えればいいじゃないか。そうやって社会は創られていく。

他の高校の生徒会執行部と合同で行事を進めるときに、生徒が先生の顔色をうかがいながら発言をしていたり、生徒同士の話し合いでまとまりかけていたものを、教員の一言でひっくり返し教員がまとめてしまうという場面をみかけるが、そんなことは「社会の流れに委ねてしまっている若者」を生むだけだよな…と思う。

そんなことを思いながら、北星余市の生徒会執行部の動き、それを受けた各クラス、そしてそのクラスの中での各生徒たちの動きについて、話をさせてもらった。

しかし、この取組を大学生が行っていることが僕はすごいと思う。つい、こういう大学生を見ると、自分の大学時代が少し恥ずかしく思うくらい。実直に、でも楽しみながら、こういうことについて、真剣に取り組んでいる。いい刺激をうけた。

最後の全国のつどいin北海道の実行委員会。

今日は2013年8月に行われた登校拒否・不登校問題全国のつどいin北海道(http://zenkokunotudoi2013.jimdo.com)の最後の実行委員会だった。昨年の12月からほぼ毎月のように帯広に日帰りで通った。実行委員会といっても実際はほとんど準備はしていない。実行委員会は、現地で事務局をされていた不登校登校拒否と向き合う親の会・はるにれの会皆さんを中心に、帯広地域の皆さんが準備してきたものに対して、全国から集まる皆さんにとってそれが良い物となるかどうか、意見を出し合う時間がメインだった。事務局の皆さんにとっては、さぞかし大変な1年だったと思う。北星余市からは10名の教員が当日参加して、世話人という形でお手伝いをした。各分科会の司会や書記、連絡係などを担当し、全国から集まる方、不登校で悩んでいる方、そういった方たちを支援されている方達と有意義な時間を過ごさせてもらった。

深夜1時過ぎても事務局の皆さんが本部で笑いながら今日を振り返り、明日のためにニュースを書いていたことが、今でも思い出される。何かを決めるわけではない「つどい」。つどって、思い思いの時を過ごす。それは心地よい時間だった。


今日はそのつどいの最後の実行委員会。まぁ、企画をたくさんの人で運営するということは、それぞれの思い、まして全国で思いの集まっている人達ばかりだから、その強さもあって、そして文化もあって、それぞれ思ったことはあっただろう。けど、本当にいい集まりだったんじゃないかって思う。

今までは実行委員会が日曜日に開かれ、翌月曜日は学校があったので日帰りして懇親会に出席しなかったが、今回は最後ということで懇親会に参加させてもらった。実行委員会に参加したり、世話人をしていたとはいえ、こういう懇親会のような場で話すのとはまた違う。もう少し、近い距離で話すことができる懇親会は楽しい。

その中でとある方からありがたい言葉をいただいた。「私も色々あったけど、北星余市はやっぱり、ちょっと違う学校だって思った。不登校で悩んで苦しんでいるまっただ中の親の気持ちを理解しようとしてくれている『学校』はそうそうない。というか、他には見たことがない。唯一つながることができる学校だと思った」と。

北星余市はこれまで29年間、不登校や非行、高校中退で苦しい経験をしてきた子供たちを受け入れて来た。その多くの子供や保護者から、北星余市につながる前は、人生の道を外れ出口のない暗闇をさまよい続けているようなものだったと聞く。

安定した給料と職に就くこと、欲しい物を不自由無く買い求めることができる生活が幸せな生活で、そういう生活を送る者が成功者とされる価値観。そのためにお勉強をし、テストの点数をとり、部活に精を出し、いい高校に入り、いい大学に入ること、そういう価値観を一般的に植え付けられている人達が多い。そういう価値観を持っている人達からすると、不登校や非行というものは人生の道をはずれ、しかもそれは戻ることのできない失敗であるととらえるのもわかる。私も北星余市で教員を務めなければそう思い続けていただろう。

しかし、北星余市の生徒たち、卒業生たちを見ていて、不登校や非行、それ自体はなんの問題もないことだということがわかった。そういう経験をしている人達が、そのままの流れの中で、自分を否定し、世の中に受け入れられないままにいることで苦しい生を送っている傾向があることはある。しかし、それはそういう経験をした後に、適切な考え方ができなかっただけのことであって、不登校や非行をしたから人生が終わったわけではない。大丈夫、人生終わったわけではない。闇でもがいている苦しみを感じているかもしれないが、希望は必ずある。

長崎、奈良と過去2年間、このつどいに参加して来た。自らの土地、北海道で開催されるにあたって、僕はそういうことを、今不登校や非行で悩んでいる子供、それを支える家族の方たちに少しでも感じてほしいと思った。このつどいには沢山悩みを抱えてくる方もいるが、一方でそういった価値観を口で説教するとかそんなのではなく、出会い、語り合い、笑顔でふれあうことで、悩みを抱えている方達が、自然とそういうことを心と身体で感じて帰って行かれることの素晴らしさを感じていた。だから、そういう場で自分たち北星余市ができることはないか…ということを考えていた。

僕のそういう思いを、誰がどう感じてくれたかはわからない。けれど、飲み会も終盤、最後に酔っぱらった、半ばべらんめぇ口調で、温かい言葉を私に投げかけてくれたことで、僕のその思いを感じてくれていた人がいたのだと知った。その言葉が僕が心をとても温めてくれた。僕もまた元気と勇気をもらった、そんな素敵なつどいだった。

PTAOBが余市に。ありがたい余市町への思い。

今日は45期PTAOBがはるばる余市までやって来てくれた。2013年11月10日(日)に東京で開催される「イキイキと生きる進路をひらくために」~親・学校・地域にできること~というイベントで、余市町の果物などの物産を販売するために、余市町や農協を回って打合せ。そのためにきてくれた。わざわざ、北海道まで。

北星余市のPTAは、北星余市を愛してくれている。北星余市のみならず、3年間、子供たちを育んでくれた余市町という町まで愛してくれている。今回のイベントでの物産販売も、利益抜きでイベントに来てくれる人達に、余市の味覚を堪能してほしいという思いで動いてくれている。なんとありがたいことか。

不登校や非行を経験したり、そうでなくても進学校での勉強に疲れたり、部活動で故障してしまったり、一旦入った高校で目的が見つからず中退したりといった挫折を味わってから、やり直しをかけて来る子供たちの多い学校だが、そういった子供たちを育むには、地域の包容力なしにはなし得ない物がある。生徒減に悩まされる北星余市を思って「札幌等の都市部でこの教育をやってはどうか?」と提案してくれる人もいるが、この教育はこの土地だからできる面が大きい。そんな余市町で3年間の高校生活をし、子供たちの成長を与えてくれる土地への感謝と敬愛の念がこもっている。本州の百貨店やイベントなどの物産展で「余市」の文字をみるだけで、ついその商品を買ってしまうほどらしい。

夜は先日のブログで紹介した11月のイベントの打合せと称した飲み会。校長と松本さんも余市に合流して。楽しい時間だった。

風の旅人編集長・佐伯剛さんを訪問。

先週の土曜日、2013年9月14日、東京に行って来た。目的は11月17日(日)に開く「2+1 写SHIN展 コラボ・トーク 伝えたいこと」というイベントの打合せ。

上記イベントは、北星余市に長年広報物作成のために写真撮影に入ってくれている松本さんと本校PTAOBの武原さんからの提案で実施することになった。PTAOBからは長年写真撮影に入ってくれている松本さん、そしてTsunagaru Project開始後撮影に入ってくれている佑木瞬さんが、子供たちをどのような視点で撮影しているのか、北星余市の子供たちをどのように見ているのかを知りたいという思いからスタート。それであれば、せっかくだから…と松本さんの提案で、雑誌『風の旅人』の編集長・佐伯剛さんに来ていただいて、自分たちの思いを語りつつ、外の方がどう感じるのかも聞いてみたいということで、企画が成立した。ちょうど11月17日の期間に、松本さん、佑木さん、そしてマカオ出身の写真家、ラオ・シーズンさんで昨年の学校祭に撮影に入った時の写真を使った合同写真展を開いていることもあり、それにぶつけた企画ともなった。

企画詳細
http://www.hokusei-y-h.ed.jp/information/?c=1&s=14753#14753

その前打ち合わせで、佐伯さんの事務所を訪問させていただいた。目的は企画の打合せと事前に佑木さんとラオさんの写真を見ていただくことだったが、企画の打合せなどほとんどなく、佐伯さんの素敵な話が繰り広げられた。打合せにはなっていなかった気がするが、これはとても面白いお話が聞けそうな予感がした。

伝えるとは何かをとても考えさせられた。そして、これからの社会や教育の在り方なども考えさせられた。

学校は、今の基準や価値観、下手をすれば過去のそれらに基づいて動きがちだ。しかし、それでは限界が来ていることは社会が証明してくれている。我々教師はその困難な未来を見据えて、または未来が見据えることができなくとも、人が社会で生きていく上でどのような環境であろうとも必要であり、またそれがあれば自ら作り上げることのできる、そういう力を育んでいってあげるべきだと思っている。ただ、学校という閉鎖的な場所に日常的にいる教師は、過去や今に縛られがちであると自覚をすべきだと思っていて、そう自覚している私からすると、佐伯さんのおっしゃっていたことは子どもたちにとても必要な要素をたくさん含んだ事柄であると感じた。

佐伯さんのブログ、とても刺激を受けます。
風の旅人〜放浪のすすめ〜:http://kazetabi.weblogs.jp

その後、夜はPTAの方たちと。これまた、打合せと称した飲み会。



「好きなことを見つけなさい」の前に。

好きなことを見つけなさい。やりがいのあることを見つけなさい。興味のあることを見つけなさい。

そういう言葉があまりにもあふれている。

言いたいことはわかる。本当に好きなことを見つけ、そこに価値を見いだし生きている人には、輝いている人が多い。

しかし、子供達に安易にその言葉を浴びせる大人を私は信用しない。そういう大人の中 には、子供達に「好きなものを見つけられない自分はダメな自分だ」という強迫観念しか与えず、じゃぁ、どうすれば好きなことが見つかるのかといったことを一切与えることのない人が多い。

スポーツを全くしたことのない人間にいくつもの種類のスポーツの動画を見せて、この中から好きなスポーツを選びなさいといったって選ぶことはできないだろう。ゲームを全くしない人に対して、おもちゃ屋さんで、あなたの好きなゲームをなんでもいいから選んで下さいといったって、選ぶことはできないだろう。

それは大人であろうが、子供であろうが、そうである。

好きなこと、やりがいのあること、興味のあることというのは、全てその人の経験値にもとづいてはじき出される事柄である。

だから、経験値の少ない子供にそんなことをいっても無意味なのだと思う。

幼少期の頃は、ケーキ屋さんになりたい、おまわりさんになりたいと子供達は夢に期待を膨らます。しかし、ある一定の年齢になり、知識が増えていくに従って、そういった夢は儚くも消え去っていく。そして、そんな子供達に大人は「好きなことをみつけなさい」「興味のあることをみつけなさい」というシャワーを、焦ったかのように浴びせる。

僕は、そんなことを呪文のように唱えている暇があるならば、子供達に豊かな経験をさせてあげた方がよっぽどいいと思う。寄り添って、子供たちと色んな経験を大人自身もした方が良い。きっと、その経験の積み重ねが、わき上がるものを育ててくれるのだと思う。

子供たちに「好きなことを見つけなさい」というより先に、自分は仕事で忙しい、家事で、育児で忙しいといって、子供たちに寄り添うことなく豊かな経験をさせてあげることなく、呪文のように唱えている自分をまず見直す方が先なのかもしれない。

学びと育ちが子供達に必要なんだと思う。

子供達に必要なこと。それは、学びと育ちである。

学びと育ちは色々な形で表れて来るが、その底流に流れているものは、自分が何者であるのかということの一端を、ある一定程度見いだすことのできる経験をしているかどうかだと思う。
経験をすることというのは、言い換えれば、体で理解することであり心で感じること。これなしに教科書に書かれていることを、ただひたすら頭の中に詰め込んでも、それが活かされることはないだろう。

だから、高卒の資格だけを取得することだけを目標にした高校時代を過ごすことは、とんでもないことだと私は思っている。

簿記2級の資格試験は年に3回行われており、毎回1万人〜2万人の範囲内で合格者が出ている。私たちはまるで資格があればそれで社会で自立して生活していくことが出来る、食べていくことが出来るかのような幻想を抱いている人がいるが、それは大間違いである。子供達を資格ブームに乗せて一安心しているのは大間違いだ。それらは人格がある一定育っている人にとって、ある程度有効な武器となるものであって、それがあれば安心ということはない。まして、メディアに取り上げられる資格なんかは、そこに群がる人であふれかえり「ない人よりまし」なだけである。

『僕は君たちに武器を配りたい』という本を書いている著者・瀧本哲史氏は、この資本主義社会においていかにして生きていくべきかをこの本で説いている。私は昨今の原理的すぎる資本主義社会に嫌気がさしていて、この本もその土俵で書かれている。しかし、瀧本氏はとても大切なことを書いていると思う。

経済学には「コモディティ化」という言葉があるそうだ。コモディティとはもともと「日用品」を指す。市場に出回っている商品が個性を失ってしまい、消費者にとってみればメーカーのどの商品を買っても大差がない状態をいう。まさに、私たちの周りにあふれるものそのほとんどがコモディティ化されているといえる。スペックが明確に定義できるもの、材質、重さ、大きさ、数量など数値や言葉ではっきり定義できるもの、つまり個性のないものは全てコモディティ。それはどんなにそのものが優れていても、スペックが明確に定義でき、同じ商品を売る複数の供給者がいればコモディティというのだ。

資本主義においては、需要と供給が経済活動のベースとなる。その結果、コモディティ化した市場では、恒常的に商品が余っている状態となり、同じ質であるなら安いものが求められる。つまり、徹底的に買いたたかれるということである。

弁護士の資格をとったって、簿記2級の資格をとったって、資格を持っている人がたくさんいればコモディティ化は成立する。企業は、業務マニュアルが存在し「このとおりに作業できる人であれば誰でも良い」と思っている。だから、どんなに資格を持っていても、同じ資格を持っている人が多ければ、あとは安く雇える人を雇うだけ。そうして、今、国学歴ワーキングプアと呼ばれる人がわんさかあふれている。

このとき同じ資格を持っていても他にはないものを持つ人、つまりそのコモディティ化の流れから抜け出すことの出来る人間というのは、他の人には代えられない唯一の人間になるということ。瀧本氏はこれをスペシャリティになることという。

私はこの唯一の人間という言葉を、個性に置き換える。唯一の自分を磨く方法というのは、個性を育てるということだろう。それは、自らの経験にもとづいた学びと育ちから見いだされることだろうと思う。少なくとも教科書には載っていない事柄だと思う。

知識を身につけること、試験で点数をとること、資格を取ること、こういったことも大切だろう。しかし、それを下支えする人格形成が、今、とても軽んじられていると私は思う。






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北星学園余市高等学校で教員をしています。
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