「公共性」と「痩我慢」


繰り返し言うが、発生的に国家は私事にすぎない。
だが、誰かが「治国平天下」のために生きるということをおのれの規矩として引き受けるとき、その個人の実存によって、「私事としての国家」に一抹の公共性が点灯する。
国家というのは成立したはじめから公共的であるのではなく、その存続のために「痩我慢」をする人間が出てきたときにはじめて公共的なものに「繰り上がる」。
国家は即自的に公共的であるのではない。
私事としての国家のために、身銭を切る個人が出てきたときに公共的なものになるのである。
公共性を構築するのは個人の主体的な参与なのだ。
誤解して欲しくないが、「だからみんな国家のために滅私奉公しろ」というような偏差値の低い結論を導くために私はこんなことを書いているのではない。
「だからみんな・・・」というような恫喝をする人間は「国家が本質的には私事である」という福沢の前提をまったく理解できていない。
彼らは自分が何の関与もしなくても、公共物としての国家は存在し、存在し続けると思っている。
それは「誰か」が自分の手持ちのクレジットを吐き出して、公共性のために供与することによってしか動き出さないのである。
そのような「痩我慢」は純粋に自発的な、主体的な参与によってしか果たされない。
痩我慢というのは、徹底的に個人的なものである。
そして、福沢は行間においてさらににべもないことを言っている。
そのような「痩我慢」を担いうるのは例外的な傑物だけである。凡人にはそんな困難な仕事は要求してはならない。
というのは、凡人に我慢をさせるためには強制によるしかないからだ。
政治的恫喝であれ、イデオロギー的洗脳であれ、そのような外的強制による我慢には何の価値もない。
そのような不純なものによって「私事としての国家」が公共性を獲得するということはありえない。
現に、北朝鮮では国民的な規模で「我慢」が演じられている。だが、外的強制による「我慢」が全体化するほど、この国はますます公共性を失い、「私物」化している。
「こんなこと、ほんとうはしたくないのだけれど、やらないと罰されるからやる」というのはただの「我慢」である。
それは何も生み出さない。
「こんなこと、ほんとうはしたくないのだが、俺がやらないと誰もやらないようだから、俺がやるしかないか」という理由でやるのが「痩我慢」である。
それは「選ばれた人間」だけが引き受ける公共的責務である。


内田樹の研究室「公共性と痩我慢について」より

組織がつぶれるのは・・・


「メンバーの士気が微妙に下がる」ということのもたらすネガティヴな効果を人々は軽んじる傾向にあるが、たいていの場合組織がつぶれるのはシアトリカルな外圧や驚天動地の破局によってではなく、メンバーたちの「なんとなくやる気がしない」という日常的な気分の蓄積によってなのである。


内田樹の研究室「小沢一郎は勝つのか?」より

【将来は大人になると思っていた】
「何でも構わないの、何か限定しないで自由自在に考えることが大事」


Photo by h.koppdelaney

池田君 私は今、高校3年生なんですが、先生が高校3年生でいらっしゃった頃は、自分の将来に対して何をお考えだったんでしょうか。


團藤 どういうこと?


池田君 ご自分の将来、どんなものになりたいか、とか。


團藤 将来は大人になると思っていたね(笑)。


一同 (笑)。


團藤 本当だよ。大人にはなる、そこで何かはやるんだから、その中で好きなところを選んでいけばいい、というので初めは何も考えなかった。まあ、法学部でしたから、法律関係のことをやろうとは思っていた。だけど大学とか最高裁なんてことは全然考えてもみなかった。何でも構わないの、何か限定しないで自由自在に考えることが大事。


伊東 そういう意味では最近の若い人が、本当に早いうちから「専門」を絞って、これは自分とは関係ない、関係ないと切り捨てるのをよく見て、むしろかわいそうだと思うのですが、それはずいぶん違いますね。


團藤 大学に入って、真っ先に何を勉強したかといえば、さっき言った『洗心洞箚記』ね。でもあれだって革命思想でしょう。大人になって就く職業なんてことは考えもしなかった。


伊東 以前、先生に伺って、へえと思ったのは、我妻先生で民法のリポートをお書きになったのですよね? ドイツ語の論文を渡されて、一夏かけてリポートを200ページだか、まとめられたと。團藤先生イコール刑法と我々は考えやすいですが、我妻先生にも非常に将来を嘱望されて、民法も非常に早い時期に取り組まれた。


團藤 我妻先生は民法の大家だから、当時は若かったけどね。夏休みの始まる頃に行って、夏休みはどんな勉強をすればいいでしょうかと伺ったら、この雑誌を読んでみなさいと。新しく到着した『ツァイトシュリフト・フュア・ゾツィアレスレヒト』。ゾツィアレスレヒトはソーシャルローね、社会法。新しい号が到着して、それを君に貸してやるから好きなものを読んでみたらと。それを見たら、ゴルトシュミット(Goldschmidt)の経済法のことが書いてあって、それが面白くなって、経済法のことを一生懸命勉強してみようと思った。ところがその頃は大学も何も大したことなくて、参考書がない。上野図書館にもない。どこに行ってもないので、結局大したことにはならなくて、でもとにかく300ページぐらいのものにまとめて、先生に提出したの。


伊東 300ページでしたか、失礼しました。


團藤 我妻先生も読みもしなかったと思うんですよ、忙しいからね。そんな一学生の書いたそんなリポートを読んでいたりしたら、自分の仕事ができないからね。


伊東 いえいえ、とんでもない。


團藤 だいたいそういうことで、実は経済法から勉強を始めた。だけど、経済法もいいけど、そのうちに経済法には、民法の我妻先生のところに川島さん(川島武宜1909~1992)という方がおられて、それからその後もう1人別な人が来て、それから助手も来栖君(来栖三郎1912~1998)がいたから、結局、刑事法にしようということにした。それだけですよ。


A「何になろうとも思わなかった。テーマを絞らず面白いことは何でも一生懸命やった」


團藤 その頃はね、刑事法は牧野先生(牧野英一 1878~1970)と小野先生(小野清一郎 1891~1986)と、お2人がこう、チャンチャンバラバラで。大変だったんだよ。両方のお弟子ということは考えられないので、とにかく小野先生の方が若いから小野先生の方に行こうと思った。確かに仲が悪いんだね。正月に小野先生のところにお年賀に行って、それから牧野先生のところにも伺おうと思っていたら、小野先生は「あんなところには行かんでもいい」と。それですっかり小野先生に見切りをつけたの。立派な方だけど、いやしくも自分の恩師だろう、学生とは違う。「あんなところに行かんでいい」ということはないだろう、と思って。じゃあ、ぜひ行ってみようと思って小野先生には黙って牧野先生のところに遊びに行ったんです。面白かったよ。












團藤重光・高校生のための「裁判員反骨ゼミナール」より

【好きなことを一生懸命やる】
「僕がああいうことをいったからそうしようというのではだめなんだ」


Photo by dennis and aimee jonez


團藤 そう、好きなことを一生懸命やる。遊んで勉強して、よく学び、よく遊びだね。そんな難しく考えないで。

伊東 法律に興味を持つ、ということが一番大切だし、また一番難しいのかもしれませんね。團藤先生は、岡山から上京されて東大図書館で最初にお読みになったのが大塩平八郎こと大塩中斎の『洗心洞箚記』だったのでしたよね?

團藤 その通り、陽明学ね。

伊東 ですから、入り方がどこかというのは、どこであってもいい、好きなこと、興味を持った入り口からでいいということですね。

團藤 その通りです。

伊東 それをもっと一般化して考えるのが大切そうです。團藤先生が大塩平八郎の次に読まれたのはドイツ語の原書だったわけですよね。

團藤 そうそう、次というか、同時にね。当時は毎日、本当に緊張してね、何というんだろう、意気に燃えていたね。とにかく自分の人生の門出でしょう。大学の門出は人生の門出だからね。だから何でも片っ端から読んだ。僕が一番初めに読んだ原書はイェーリングのローマ法の歴史だね。ローマって、法科に入るとローマ法から始めるでしょう? そうするとイェーリングを抜きにしてはだめなので、イェーリングのローマ法の歴史、『法における目的(Der Zweck im Recht)』そればっかり読んでいた。それと『洗心洞箚記』、さっきの大塩平八郎のね。あれは面白いですよ。


伊東 この頃の大学生は法学部に入ると、すごく咀嚼しやすく作られた教科書を与えられるのが大半で、原書はほとんど読まないし読ませないと思うんです。テキストから入っちゃうので、それの弊害がすごく出ているような気はしています。

團藤 最初は、訳が分からないのが一番いいね。だって初めから分かったようなつもりになっちゃったら伸びないものね。何でもいいから、分からないことにぶつかっていく。ぶつかっていくことが一番大事だ、何でも。だから、法律を始めてみたけど面白くなくて、理科を始めたと言っても全く構わない。理科をやっている間に、また法律に興味を持ったらそれでもいい。

伊東 大学時代、物理学科の2級先輩で茂木健一郎という人が、そんなキャリアを踏んでいます。

團藤 何でもいいから、好きなことをやっていることだね。自分からしないとだめですよ。誰かに言われて、例えば今日、僕がああいうことを言ったからそうしようというのではだめなんだ、自分でそういうつもりになってやらなきゃね。それが一番大事。




【生徒たちに企画を】
自分の「外」の人と繋がること、それは新しい世界が広がるきっかけであること。

年度末ごろの話ですが。2010年3月13日、僕と生徒一人とパンフレット制作でお世話になっているBREWさんの3人で『第1回写真バトル in 小樽』と称して遊んできました。

その様子は、本校サイト内のブログ「北星余市は今」を参考にしていただきたいと思いますが、今回の企画は写真部の取り組みとは別で、「BREWさん、写真の撮り方教えてください」という、その子のふとしたアプローチから始まった企画でした。

この子はヨット部でも頑張っている子で、最近、父親から一眼レフカメラ(not デジタル)を借りて、写真にも興味を持ち始めたとか。で、BREWさんは「2009年11月27日ヨット部、クルーザーに乗る!」のきっかけを作ってくださった方でもあり、一緒にクルーザーに乗った仲なので、卒業式の撮影に来ていたBREWさんを捕まえて、その子がお願いした。そんなひょんなことから、今回のこの企画が始まったわけです。

なんていうか、そういった一連のやり取りから、身近な大人を捕まえて、自分の世界を広げようとする姿勢とエネルギーの貴重さ、そしてそれを大人が受け止めてあげるその大切さを感じたわけです。些細な企画ではあります。しかし、日常に追われている教師が見落としがちな大切なことなのだと思います。

人とのつながりを作るというのは、難しいようで意外と簡単だったりします。何がしたいかを考えて、それを適当と思われる人に対して、声をかけるだけですから。けれど、口で言うほど簡単なことでもない。色々なことが頭をよぎるわけです。

彼女がBREWさんに「教えてください」と声を発する行為そのものは、簡単なことなんです。そして、そこから新しい世界を作っていくことも意外と簡単にできていく。でも、その一歩を踏み出すことは、本当は難しいことなんだと思うわけです。

しかし、この一歩がとても大切なアプローチで、それをできることが大きな力につながっていくものだと思います。

本校の卒業生でも、また在校中の生徒でも、外の世界に目を向けてめきめきと力をつけていく生徒が大勢います。そういった子の多くは、自分の興味を持った事柄に対して、そういったアプローチをかけていく姿勢があります。彼女がそういうアプローチをしたことを聞いたときは、とても大きな力が彼女に備わっているのだなぁ、、とうれしく思った瞬間でした。

当日は朝10:00に小樽駅に集合して、重要文化財に指定されている「旧日本郵船小樽支店」まで歩いていき、小樽のお土産通りともいえる「栄町通り」を巡って、その後「小樽といえば、硝子でしょう!」ということで「浅原硝子製造所」を訪問させていただいて、旧手宮線に戻って、、、という感じで小樽を堪能しました。

生徒も喜んでくれたと思います。新学期になったら、撮影した写真をプリントアウトして額に入れて掲示板に飾ったり、第2回写真バトルなんかも開催したいなぁ、、、って思っていたりしています。

【地域の助け】
「地域と若者自立支援活動に関する共同公開ゼミ」に参加してきました。

2010年3月14日(日)に開催された「埼玉大学教育学部安藤ゼミ」と「青少年自立支援センタービバハウス」の共催による共同公開ゼミに出席。


(参考:余市テラス http://comiresu-hokkaido.net/blog/3/173.html )


「青少年自立支援センタービバハウス」は、10年前から余市町でニート、ひきこもりと呼ばれる困難を抱える若者の自立支援活動に取り組んでいて、本校の元教員である安達先生が運営されている。若者支援を研究テーマにしている埼玉大学・安藤ゼミの研修を昨年の夏にビバハウスが受け入れ、それがきっかけとなって今回の運びとなったとのこと。


引きこもりと呼ばれる若者は、2005年の時点で150万人以上(NHK福祉ネットワーク調べ)、ニートと呼ばれる若者は、現時点でも60万人以上おり大きな社会問題である。しかも、これらの若者は年々増加と高齢化している現状がある。これらの若者に対する自立支援をどう行っていったらよいのか、これが今回のテーマであった。


具体的な内容としては、これら若者自立支援の取り組みに地域がかかわっていくことへの模索と事例の紹介であった。


ニートや引きこもりを経験している人たちの中には、中学校や高校時代に不登校を経験し、その延長線上にそのような状態となっている人も多いという。そういった現状を踏まえると、我々学校教育が現場において不登校の子どもたちにたいして、どのような営みをしていくべきかを考えさせられる時間だった。また、地域にある学校として、そういった取り組みにいかに協力していくことができるのかも考えさせられる時間だった。


深く考えがまとまっているわけではない。むしろ、今回の話を聞いて、僕自身開眼させられた思いでいるが、今後、そういったことを考えるきっかけにしたいと思う。

【教育講演対話集会】
発達障害と育ちの関係


Photo by saoreal-life



今、僕は名古屋にいます。北星余市には全国から生徒がきており、愛知県からもたくさんの生徒が毎年のようにきています。昨日は、タイトルにもある「教育講演対話集会」に講師として参加させていただいたのですが、その前に名古屋駅前にある名鉄百貨店のなかをうろついていたら、「あーーーーー」という声が。


34期生、9年前に卒業した生徒でした。うーーーーん、ご縁ですね。なんてお互いに驚く。別になんの用事があって入ったわけでもない、ただなんとなく入った名鉄百貨店だが、これこそまさに「ご縁」という瞬間を肌で感じる。そういうのってあるんですよね。これ不思議。


彼女は現在27歳。愛知県の定時制の高校で非常勤の先生をしているとのことでした。「今の仕事をして、とても楽しい、充実した生活を送れている」と笑顔で語ってくれました。そして、小学校の教員を目指して、今は通信制の大学で勉強中とか。とても生き生きした顔に、教師にしか味わうことのできない喜びをかみしめる。


しかし、全国に生徒がいるということは、悪いことはできないですね。


「教育講演対話集会」。こちらは東京にあるNPO法人不登校情報センターと名古屋にある木村登校拒否相談室の主催で開催。講師は私のほかに黄柳野高校(愛知県)の校長・辻田先生とどんぐり向方学園理事長・天龍興譲高校校長である中野先生がおられて、それぞれのテーマで30分ほどお話をさせていただく。そのあと会場の人たちからの声も交えながら語り合うという趣旨の集会でした。


どんぐり向方学園の中野先生は名古屋経済大学の教授をされており、大脳生理学者でいらっしゃる。その先生がおっしゃるには人間は前頭葉を鍛えることがとても大切で、この働きが鈍くなるとキレやすくなったり、物事に固執しやすくなる、柔軟性がなくなる、自分で考える行動ができなくなるという。この前頭葉を鍛えるためには、「計画・実行・反省」、PDSを実行することが大切で、こちらの学校ではそれの手段として体験学習を中心に据えて、教育されている。


ふーむ、、、と考えながら拝聴していると、シナプスのお話が。人間の脳細胞は1千億個とも1兆個とも言われているようだが、この脳細胞の数よりも大切なのは、その脳細胞と脳細胞をつなぐシナプスであるという。


ここ2~3年、本校の面接試験において「発達障害と診断された」というカミングアウトをされる方が非常に増えている。「【特別に育てられた子供の行く先は?】特殊支援教育への懸念」でも書かせていただいているのだが、私は個人的に「本当にすべてのそれは障害なのですかね」という疑問をもっている。要は、なんでもかんでも「発達障害だ」で片付けるのは危険だという意味である。発達障害の存在や、実際にそれを抱えている方がいること、そういう方々への特別な支援を否定するものではない。


中野先生のどんぐり向方学園でも、発達障害という診断を受けてこられる方がいらっしゃるようなのだが、この体験学習を通じて、その症状がなくなっていく子供がほとんどだという。中村先生は、前頭葉の育つべき部分が育っていないために、発達障害と同じ症状がでている、そして体験学習を通じ脳の発達すべき部分が育つことでそれが改善されていく、具体的にはシナプスの活動が活発になった結果である、という趣旨のことをおっしゃる。


育ちの問題に目を向けることも重要なのである。発達障害というのは先天性のもの、つまり「生まれつき」のものであるという定義がなされているので、一般的には育ちの問題、つまり後天性のものはそれに含まれないという考え方である。これだけ多くの子供が生まれつきそういう障害を抱えているという診断、そういう子供が増えているという考え方に私は納得がいかないのである。


本校にくるそういった生徒たちも、入学当初はあたかも発達障害かのようなそぶりを見せる。しかし、その大部分は学校生活を送り、時間がたつにつれてそういったものがなくなっていく。もちろん、そうでない子もいる。


「育ちの問題」という言い方は、「親の育て方が悪い」というのとはイコールではない。そういう要素もあるかもしれないけれど、学校教育の関わり方だって、育つ環境だって、社会一般の流れだって教育には深く影響を及ぼす。親の育て方だって、それらの影響を強く受ける。一分一秒、その人間の目の前に現れる出来事が人間の育ちには影響する。微細な話だが、昨日、私が百貨店で偶然にも卒業生に出会い、ご縁を再認識させてもらいながら、素敵な気分でそのあとの人と接することが出来た事が、またその日に合った人との出来事の上にも影響してくる。その出来事がまた明日の私を作っている。そういう事の積み重ねが時間的感覚を持って熟成されていくのが育ちであり、教育だからである。


「こういう行動をする子供はADHDという発達障害です」「こういう症状を表わす子供はアスペルガーです」というまるで占い本かのような書籍が本屋さんにずらーっとならんでいて、「この行動の原因は、先天的な脳の発達遅延、つまり発達障害である」という一言で片付ける本が巷ではあふれている。そろそろそうじゃない書籍というものに出会いたい気がする。

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北星学園余市高等学校で教員をしています。
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