【内省時間のたまものか】
不登校経験者の獲得したもの


Photo by qthomasbower

今日、ふと、ネットで記事を見ていて思ったこと。

http://mainichi.jp/area/nara/news/20091028ddlk29100552000c.html

こちらの記事によると、不登校生を支援するASUというところで、文化祭と称して芸術作品の展示を行っているという。どのような作品かは見ていないので何とも言えないが、私の経験からいってもきっと素晴らしい作品がたくさん並んでいるのではないかと思う。

これは経験上の話だが、不登校を経験した子供というのは、自己表現の力に長けていることが多い。たとえば、本をたくさん読んでいる子供はそれが文才となってあらわれてきたりする。書道や絵画、写真などといった芸術の場面でもすばらしい作品をよく作る。

それはきっと、不登校を経験している際に、自分に向き合う時間や悩み・葛藤に向き合う時間が長く、その熟成されたものがその子供の中にたまっている結果なのだと思う。人というものに対する見方、世の中に対する見方、自己嫌悪、願望、期待、裏切り、、、その様々な経験と様々感情や考え、そしてそれを昇華させるだけの生きる力を得て、素敵な表現ができるようになるのだろう。

僕の高校には不登校経験をして、「やりなおそう」とある一定乗り越えた形で、入学してくる子供たちがたくさんいるが、そういう子供が多い。現状不登校の子供はほとんどいないのだが、そういう子供たちを見ていると、経験した不登校は不幸であったとしても、不登校時代にしっかりと支えてくれる人がいて、自分を見つめることができて、それがいまこうして力となってあらわれているんだな、、、、と思うと、それはそれで生き方として、うまく辛いことを活かせているのだと感じたりもする。

そう考えると、現状不登校の子供たちを支える大人は、本当に重要な役割を担っているのだと尊敬の念をいだく。みなさん、がんばってください。

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北星学園余市高等学校で教員をしています。
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